21世紀の漆を考える

21世紀の漆を考える

天然素材うるし

コンセプト
天然うるしとは?
・うるしの木について
・生うるしについて
・うるし液の種類
本物とにせもの
うるし製品の価格
・生産のコスト
・流通のコスト
・社会的コスト
漆器のつくりかた
・漆液の生産と精製
・素地のつくりかた
・うるしの塗装方法
・加飾のうるし技法
・塗装工程の実際
・塗りに失敗すると
うるしは4K ?
うるしの科学
・科学(入門篇)
・少々専門的
漆は英語でjapan
漆器の主要な産地
うるしの雑学
根来椀の復元
・根来塗りとは
・実際の制作過程
・その他の試作品
イージーオーダー
・オーダー対象一覧
・パッケージについて
・対象製品 一覧
宝尽くしの加飾
家紋の加飾
扱う色について
特定商取引法に基く表示
漆製品のお手入れ方法
牛乳パックでつくる器
新 着 情 報
うるしの文献
リ ン ク

あまりお目に掛かりたくない「亀の甲」や図表が出てきますが、しばらくお付き合いください。バックの亀の甲はウルシオールです

天然うるしとは

漆は漆の木の樹液です。漆科の植物は東南アジア全域に分布し果物のマンゴーもその仲間です。漆科の種類は600種類ほどと言われますが、樹液を採取できるのは、漆科の中でも漆属に限られます。漆属の中でも大きく分けて三種類が塗料として利用さており、国内で利用される漆はウルシオールを主成分としたものです。
国内で使用される漆はほとんどが中国産(95%程度)です。僅かながら国内産(数%)の漆も使われています。
ここでは中国産と国内産の漆を中心に、特に表記の無い場合はウルシオールを主成分とした漆が前提となります。中国産漆と国内産漆は化学的にはほとんど同じと理解して下さい


樹液である漆液は、乳化した状態の油中水球型エマルジョンです。
このエマルジョンとは水と油が界面活性剤によって牛乳のようになった状態を指します。相性の悪い例えとして「水と油の関係」などと表現されますが界面活性剤が働くことで乳化し分離せず混合された液体となります。ミルク入缶コーヒー等の表示を見ると必ず乳化剤の表記がありますが、これが界面活性剤のことです。
話がそれますが工場生産されている食品には殆ど界面活性剤が使われています。安定した品質を維持するための様ですが残念ながら菓子パンや豆腐などをはじめ乳化剤の表示が見られます。
漆液は油に相当するウルシオールに水の粒子が混ざり乳化した状態です。界面活性剤に相当するのはゴム質です。

漆掻きは平均的に4〜5日置きに行われます。これは木を痛めずに樹液を作るために必要な時間です。屋外の仕事ですから雨が降ることも在ります。掻いた傷口に雨が当たるのは良くない様で、雨天の場合は行いません。

産出国による樹液(主成分)の化学構造の違い



ウルシオール


ラッコール

チチオール

日本・中国・韓国で産出

台湾・ベトナムで産出

タイ・ビルマで産出

詳しい方は油の構造と似ていることが解ると思います

漆の成分
この成分はあくまで一般論で、採取する時期により特性も変化し名称が変わるくらいですから当然成分構成は同一の木から採取しても一定ではありません。生き物ですから当然とは云え厄介なことです。こんな所も工業化され難い点かもしれません。
一般的な生漆の成分(モデル)
ウルシオール 60〜65% 主成分、糖タンパクが溶け込み水球が分散している
ゴム質 5〜7% 多糖類で界面活性剤として機能する
含窒素物 2〜3% 糖タンパク ウルシオールの中に溶けている
ラッカーゼ(酵素) 0.2% 酸化、還元を繰り返しウルシオールを酸化する
25〜30% 酵素とゴム質を溶かし込んだ球状となっている

うるしの名称

漆樹液は、採取時期により名称(品質も)が異なります。市販されている漆液は精製されていますが、当然精製過程でブレンドされたもので用途に応じた混合を行っているため、非常に重要なプロセスでもあるのです。原料となる樹液の名称を解説します。

漆の樹液の採取は6〜11月(地域で多少前後する)に行われますが、おおよそ新緑から紅葉そして葉が落ちる範囲になります。採取した樹液そのものは「荒味漆(あらみうるし)」と呼ばれます。
当然ですが漆を掻く間、その木は成長を続けています。時期によりその成分は異なり、漆としての機能や性能にも相違がありその時期に応じた名称が付けられています。植物ですから光合成で成長します、日の出の時刻と土用の暑い午後では木の活動も大きく変わり、採れ方(量と質)も異なります。そして同じ一本の木でも根元と枝の樹液は異なり日の当たる側と当たらない側でも出方が違うと云われます。地域によっては呼び名もつけられている様です。

地域にもよりますが、通常は止漆で終了することが多いようです
荒味漆(掻いた時期による)の名称
6月中旬〜7月中旬 初辺(初漆) 小さな掻き口を付け、採取量も少ない
7月中旬〜8月下旬 盛辺(盛漆) 最も品質の高い漆とされます
8月下旬〜9月下旬 遅辺(遅漆)
裏目漆 この頃には樹皮が硬くなり、皮を削り採取します
止漆 この止掻きで、樹液の分泌は止まります
枝漆 切り倒した後、太枝から掻き採ったもの
〜11月下旬 瀬〆漆 細枝に切れ目を入れ掬い取ったもの

採取時期による名称は一般的と思われるものを用いていますが、地域によっては通じないかもしれません

乾燥(固化)のメカニズム

漆の乾燥(固化)は一般的な絵の具や塗料のような溶剤の揮発によるものではありません。主成分であるウルシオールが酸化することで高分子を形成します。常温乾燥を行う場合はラッカーゼと云う酵素の働きで固化します。又、高温(熱)によっても重合反応が起こり固化(乾燥)します。

酵素による固化メカニズム
酵素であるラッカーゼには銅イオンが含まれており、この二価の銅イオンがウルシオールに酸素を供給し酸化させます。(ウルシオールは二重結合が多く酸素を吸収しやすい構造になっています。)そこで還元銅(一価の銅イオン)になり空気中から酸素を取り込み、再び二価の銅になります。これを繰り返すことでウルシオールは高分子を形成していきます。
脱水素酵素であるラッカーゼが水分の多い空気中から酸素を取り込みウルシオールの水酸基(ーOH)から水素を除き酸化させウルシオールの骨格同士が結合し高分子を形成します。

高温による固化
酵素であるラッカーゼは50〜60℃で活性を失ってしまいます。更に温度を上げていくと重合反応が始まります。(焼き付け塗装)
特に金属に漆を塗る場合、常温乾燥よりも付着力が強くなり(はがれにくい)天平時代の頃から鎧兜など炭火による加熱で行われていたようです。但しあまり高い温度(200℃〜)にすると表面が荒れてきます。温度が低いほど焼付け時間は長くなり、温度が上がるほどに焼付け時間は短くなるので、温度と時間には程好い範囲があります。鉄に焼き付けを行うと、ウルシオールと鉄が反応するので黒色となります。
そして付随的なことですが漆の活性は熱により失われるため臭いも残らず、かぶれる心配もなくなります。

漆の乾燥時間

乾燥時間は単純に計算することが出来ません。常温(生活環境の温度、15〜30℃)完全に乾燥した状態(酵素の活性が失われる)を定義しても肉眼では見分けることが困難です。まず、樹液によって乾き具合がかなりばらついています。湿度・温度によっても酵素の働きが変化しますから、これも要因の一つとなります。そして空気と触れている表面(酸素の供給がされ易い)から乾いていきますから塗膜の内部は遅くなります。常温乾燥で作業に支障が出ない程度に乾燥するまでの時間は、漆の状態により半日(かなり早い)から二日、温度は夏場の気温(20〜30℃)ならば湿度も高いので早く、冬の寒い時期は温度と湿度の低さで遅くなり乾燥時間を要します。零度付近から零下になると殆ど乾燥しなくなります。最終的な製品になった漆器は出来あがった時点では完全に乾ききっていません。内部までウルシオールの活性が失われるまでは「臭い」や「かぶれ」の心配があります。その期間は1〜6ヶ月(置かれている環境による。特に温度と湿度)と考えられ、光沢を上げるために油が混合された場合など更に時間が必要と思われます。油(JIS規格にあるくらい一般的なこと)の量が多いと半年でも乾燥しない場合もあるようです。



漆は丈夫なのか?

「漆器は扱いが面倒だ」「手入れが大変で傷つきやすい」と思ってはいませんか?漆膜はたいへん丈夫な塗装膜で、塗装膜の中でも硬質に分類できます。酸への耐性は最強の位置に属し、金属の王様である金をも溶かす王水(濃塩酸と濃硝酸との混合液)に漬けても変化しない非常に安定した高分子です。数千年前の水に浸かった発掘品が発見されている位です。一般常識としては腐敗して土に戻ると考えるのが普通です。その分子量は2万〜3万といわれています。
さて「ガラスは割れる」これはどなたもご存知の事実です。「漆は刃物を当てれば削れます」ガラスの破片でも削り取ることが出来ます。磁器の器で釉薬の掛かっていない高台などは砥石のようなものです。このようなものに対しては確かに歯が立ちません。塗料の中では丈夫な部類ですが、金属やセラミックとは比較になりません。
中性洗剤が発明される遥か以前から漆の製品は使われていました。戦後の物資が不足していた頃まで、藁を小さく束ねた(柔らかいタワシ?)もので洗っていた話を聞いたことがあります。数分ぬるま湯に漬けてから洗うと簡単に汚れが落ちます。そして剥げたり、傷ついたりした漆器は塗り直すことで元通りにすることが可能です。(尤も国宝級ともなるとかなりの技量が必要ですが)漆製品の修理は虫歯の治療と同じです。「一寸変だな?」早い時期に歯医者さんに行けば何度も通わず痛い思いをしないで済みます。もう少し…と云って放って置くと症状はかなり進んでしまい、ひどくなれば抜くことにもなり兼ねません、治療費もかなり必要になります。早めのお手入れは漆も同様です。
ガラスを割れない様に扱うよりは気楽と思えば良いでしょう。使い方を心得れば漆製品の扱い方は決して難しくはありません。




色と顔料について

うるしと云えば漆黒の言葉がある通り黒色、朱(赤)が代表的な色として知られます。一般的な絵の具や塗料は必要な色の顔料を単色又は混合して発色させます。漆の色も原理的にはほぼ同様ですが、元来ウレタンの様に無色透明な液体ではないため鮮やかな発色は難しいのです。またツヤを出すために油を混合する(精製時)ことは古くから行われています。


黒は顔料による発色ではありません。漆を精製する際に水酸化鉄を混ぜこの鉄とウルシオールによりいわゆる漆黒が生まれます。精製の段階で鉄を加えるのは、「くろめ」てしまうと水酸基が失われ(空気中の酸素と反応する)反応が充分に行われなくなり発色が弱くなるためです。 カーボンを顔料に使用したペンキなどと比較するとペンキが濃いグレーにしか見えません。鉄分は体の維持に欠かせないものですが黒漆のお椀で鉄分の補充はできません。
しかしこの黒は永遠には続かないようです。数十年以上経つと段々と透けてきます。数百年経たものは飴(あめ)色になっています。
この現象は鉄分の結合が徐々に抜けていくからではないかと考えられます。


水酸化鉄を加える
+Fe(OH)2

ウルシオール

漆黒が生成される

ウルシオール塩鉄

朱(赤色)
本朱(銀朱)又はベンガラを顔料とし透漆(すきうるし)と混合したもの
本朱とベンガラは全く異なった鉱物です。


<本朱(銀朱)>黄色味の入った赤
天然のものは辰砂と呼ばれる鉱物で日本画の岩絵の具や印肉としても利用されています。天然の鉱物を使うことはまれで水銀を加工して合成されています。赤みの多い順に本朱・赤口・淡口・黄口の四色があります。この成分は硫化水銀(HgS)です。現在では合成顔料(無害と云われている)を用いることが多くなっています。水銀と云うと水俣病が思い起こされますが、これは水銀化合物のメチル水銀が原因物質であることが知られています。しかし現在でも水俣の土中には硫化水銀として処理されずに残存しています。

<ベンガラ(弁柄又は紅柄)>くすんだ赤
焼き物(窯業)にも使用される。天然の鉱物としては黒色が多く紅のものは海底で塩分により出来たと云われています。この成分は酸化第二鉄(Fe2O3)で鉄が酸化して出来たもので赤さびの色を思い浮かべれば良いでしょう


黄色
石黄を顔料とし透漆を混合したもの
石黄は鶏冠石と呼ばれる鉱物が変化したもので温泉の噴気口から産出します。古くから黄色の顔料として用いられてきました。この成分は硫化砒素(As2S3)です。カレー事件で砒素(ひそ) はすっかり有名になりましたが、この硫化砒素も有毒物質です。
現在では合成の顔料が用いられます


青漆(せいしつ)と呼ばれ、黄漆と黒漆を混合して作ります。


うるみ
赤系(本朱又は弁柄)と黒漆を混合して作ります。


「なやし」と「くろめ」


採取した樹液をそのまま使用することはありません。
精製を行い目的に合わせ各種の精製漆を作ります。目的に応じた名称や方法はJISで定められています。

<生漆>(きうるし)生きている漆と書きますが実際に漆桶の中で生きています。
漆木から樹液を掻き採ったものを荒味漆(あらみうるし)と呼び、この荒味漆からゴミなどを取り除いたものを生漆といいます。
採取した時期にもよりますが漆液として完成された状態で樹液が採れるとは限らず、製造過程(漆木の中で生成されている途上を指します)の状態も含まれています。この状態の樹液は、放置しておくと漆桶からふきこぼれることもあります。
一度に一本の木から掻き採れる量は非常に少ないので色々な条件の樹液が混ざったのが生漆(荒味漆)であり、その桶の中を均質にしなければ漆液として商品にはならないのです。

<なやし>生漆を浅い桶に入れ攪拌すること
この作業によって不均一な状態で混合されていた成分が均等になり、なめらかな漆液となります。

<くろめ>なやしの終わったところで熱をゆっくりと加え撹拌しながら水分を飛ばすこと
はるか昔は日向で太陽熱を利用していました。そして炭火など熱源を利用するようになります。現在ではヒーターでしょうが。
25〜30%あった水分を3%強程度まで加熱脱水すると段々透明度(生漆は乳白色)が高くなっていきます。さらに黒ずんでくるために「くろめ」と呼んだのではと思われます。添加物を加えずにくろめたものを「すぐろめ漆」と言います。ここで重要なことは50〜60度を越すと酵素であるラッカーゼが死んでしまうため40℃程度の温度を保たなければなりません。そして3%程度の水分を残すのは乾燥しなくなってしまうからです。
この「くろめ」が漆独特な肌の質感と耐久性を高める作業なのです。

生漆ではゴム質水球の大きさはまちまちで不均一な状態でウルシオールの中に分散しています。

くろめをすることでゴム質水球は乳化粒子として細かく分散し均一な液体に変化していることが判ります。この粒子が漆独特の質感ともなります。

生漆のモデル(イメ−ジ)

くろめのモデル(イメージ)


精製漆の種類


「くろめ」を行うことで水分を減らし、目的用途に応じた精製を行います。

精製による成分の構成変化(モデル例)

成 分 生 漆     精製漆
ウルシオール 59.5% 84.4%
ゴム質 7.1% 8.9%
含窒素物 2.6% 3.5%
30.8% 3.2%


漆樹液は、精製されてから出荷されます。生漆は精製漆の原料となるほか、拭き漆や下地つくりに使用されます。


精製漆の種類 (日本工業規格(JIS)による)

生漆 きうるし 1級〜4級 原料漆液から異物(ゴミ等)を取り除いたもの
梨地漆 なしじ 1級〜2級 梨地仕上げに用いる
透呂色漆 すきろいろ 1級〜2級 透明度の高い原料を選び、顔料を加え研磨塗に用いる
透艶漆 すきつや 1級〜4級 補助剤を加え、顔料を入れ塗り立てに用いる
透箔下漆 すきはくした 1級〜2級 金銀など金属箔をはる下塗りに用いる
透中塗漆 すきなかぬり 1級〜2級 中塗りに用いる
透艶消し漆 すきつやけし 1級〜2級 透明なツヤ消しに用いる
黒呂色漆 くろろいろ 1級〜2級 黒色研磨塗りに用いる
黒艶漆 くろつや 1級〜4級 黒色塗り立ての仕上げ塗りに用いる
黒箔下漆 くろはくした 1級〜2級 金銀など金属箔をはる下塗りに用いる
黒中塗り漆 くろなかぬり 1級〜2級 中塗りに用いる
黒艶消し漆 くろつやけし 1級〜2級 黒色ツヤ消しに用いる

*1級は国内産漆を原料としたものを指します。
*2〜4級は外国産(主に中国)漆を原料としたものです。

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